重箱の隅

好きなことだけ。

番外:秦基博『アイ』ミュージッククリップ

「コードと詞で読む」といいつつ、番外編として映像も紹介しておきましょう。

youtubeで見たこのミュージッククリップが、私にとって秦基博さんの楽曲との出会いであり、私にとっての『アイ』は、実は、このMVの映像込みの作品です。具体的なストーリーもなく、情景描写をほとんど持たないこの曲の世界観が、映像作家/島田大介さんに託されて起こる化学反応は、あまりにも鮮やかです(特に、大サビ)。
 


秦 基博 / アイ


イントロ

どこにでもありそうな、かわいらしい家の概観。
角から勢いよく飛び出してきた黒猫がドアに向かいます。
屋内にカットが切り替わって、最初に映し出されるのはキッチン。
壊れた(?)蛇口と、水の溜まったタイル張りのシンク・・・
割れたタマゴの殻と、卵液がはいったままのボウル。

 

 


穏やかな日差しに溢れて、生活感はあるものの、どこか生気のない、
「現実」と「幻」が混在するような、半透明のモノクロの世界・・・。
揺れる鳥かごも、受話器の外れた古い電話も、壁に映し出された映像です。


1コーラス目
♪目に見えないから アイなんて信じない

ざっくりとしたセーターを着て、物憂げに歌う「僕」の背後には、ブランケットらしきものやオイルヒーターがみえます。

 


視線をどこかに逸らしながら歌う「僕」の前には、揺れるレースのカーテンのようなものが・・・

♪遠く遠くただ埋もれていた

 



部屋の様子はもちろん、「僕」でさえも、揺れるカーテンや逆光、ソフトフォーカスで、輪郭があいまいです。

 

♪あなたが泣いて  そして笑って····



うたた寝の後のような、柔らかい晩秋の日差し・・・「僕」はベッドに腰掛けて、もう一方の部屋を見ながら歌っているようです。そして、「あなた」をめぐる表現は、さらに輪を掛けて曖昧です。

 

壁に映るシルエット



僕の部屋の壁にも…。

 



歩きながら読書する姿も

 



ベッドでまどろむ姿も、靄がかかっているかのよう

 


2コーラス目の冒頭、
♪ありふれた日々がアイ色に染まってく

 



キッチンという、最も生活に密着したシーンですら、「あなた」の姿は半透明です。

♪消えてしまいそうだ   夢のように

映像表現上では、「あなた」はリアルな存在ではないのです。この時点では。

♪ただいとしくて   だけど怖くて

「アイ(Love)」のとらえ方についても同様なのでしょう。
そばにいてもまだ、どこか寂しくて、満たされない。
命がある限り、かならず”別れ”の時はくるから、
いとしければいとしいほど、その儚さが怖くて、哀しい。

しかし、このモノクロの世界が一変する瞬間が、いずれやってきます。


間奏中盤
♪wow -------

 



前の記事で、この「wow--」を、「オオカミの遠吠え」と表現しましたが、実はこの曲に限らず、秦さんの歌う姿から、それを連想する人は少なくないようです。

これは、漫画家花沢健吾さんが、シングル『Q&A』の特典ブックレットに寄せたページです。

  

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秦さんの歌声はオオカミの遠吠のようだ。叫んでいるわけでないのに遠くまで響く。心に響く。

*秦さんはこのイラストと言葉に”震えるほど”感動したとのこと。お二人の対談とイラストはこちら。「音楽ナタリー:秦基博「Q&A」リリース記念花沢健吾対談

 

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ちなみにオオカミは、パートナーと生涯連れ添う一夫一婦制の動物です。遠吠えの主な理由には、愛する仲間が群れから離れたときに呼び戻すための行動であることが挙げられます。ですから、『アイ』の間奏で発せられた、哀切の極みのような言葉にならない声を、オオカミの遠吠えのイメージと重ねることは、そう的外れではないようです。

 

閑話休題

 

「wow」の後、大サビに向かう間奏の終盤では、1コーラス目の花瓶の映像の続きが挿入されます。映像を巻き戻してみましょう。

 

1コーラス目、幻のような黒猫が、実在感の薄い花瓶の傍ら(?)を通り過ぎると

 

♪(でも今あなたに)出会ってしまった

 


花瓶がゆ~~~~っくりと倒れはじめたところで、シーンが切り替わり、
再び映像が花瓶に戻ると、

 

♪ただの一秒が永遠よりながくなる 

(スーパースロー継続中


 


ここで映像は切り替わり、再び花瓶が登場するのは「wow」の後、間奏の終盤です。
その間、「魔法」で時が止まっていたかのように、
再登場時は、1コーラス目の続きの角度から花瓶が倒れます。



そして、間奏から大サビへと移る瞬間に、


!!!!!
床に落ちて、勢いよく飛び散った花瓶の破片と水。
花瓶が割れるとともに、映像がカラーに切り替わりました!

大サビ
♪その手にふれて心にふれて


世界が目覚めたかのように、すべての存在がリアリティを持ち始めます。
冒頭の鳥かごも、受話器の外れた古い電話も、投影された映像から、実物へ。




そして、もちろん、愛する「あなた」も。

 



「あなた」の服装のメインカラーが「藍色」っぽいのは、「アイ色に染まってく」のフレーズに引っかけているのかも?

「足」の映像を重ねることで、「あなた」の実在感を強調しているように見えます。

 

 




前の記事(『アイ』2コーラス目)で、「大サビのCメロは1コーラス目のCメロと全く同じだけれど、内容的には異なる」という主旨のことを書きましたが、どれほど説明の言葉を尽くしても、このMVでの映像ほど鮮やかに伝えることはできません。
そして、カラーとはいえ、セピアがかった色調から感じられるのは、晴れ晴れと明るく広がる感情ではなく、「Love」と「哀切」をまるごと受け入れることで、より深まった、陰影のある「”愛”」のニュアンスです。

エンディング――

 

 


「あなた」は読んでいた本のページを閉じます。
「僕」は相変わらず、優しく揺れるカーテンに包まれて、寝室のベッドに腰掛けたまま。

 

 

♪ 「伝わる温もりが確かにあるのに」のシーンでも

 


重なっているのは半透明で実在感の薄い手。

二人が同じ空間や時間に存在しているのかも、実は敢えて曖昧なままなのです。

 

全編を通じて、「僕」のまどろみのなかの物思いなのかもしれない。映像作家の島田さんは、『アイ』の前に手がけた秦さんのMV『朝が来る前に』(*註)で、まさかの『シックスセンス』的なオチをつけた方なので、何か仕掛けがあるのかもしれません、今回も(笑)。

 

それはさておき。たとえ設定がどうあれ、映画「ベルリン・天使の詩」ばりに、モノクロからカラーに変わったあのシーンが、”アイ”のなんたるかを語っているように私には思えるのです。

 


日本版予告篇/ベルリン天使の詩(ヴィム・ベンダース)

 

 

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註:『朝が来る前に』のミュージッククリップでは、二人の思い出の味(彼の得意料理)ということでトマトのスープが出てきましたが(実は秦君はトマトが苦手。火が通っていれば大丈夫と、本人からフォローあり)、今回はちゃんと秦君の好物・得意料理が出てきました。


 

向かって右側のお皿に乗ってるのは、「チャーハン」だと思われます。
2コーラス目の「ありふれた日々が~」がお料理中で、「探していたんだよ」のタイミングで食卓に出てきました(笑)。前回のトマトスープのリベンジということで、事前リサーチされたんでしょうか。秦君がチャーハン好きということはファンには有名なエピソードなので、ニヤリとされた方も多いことでしょう(笑)。