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重箱の隅

好きなことだけ。

雑感:ラルフの「言葉」とその限界

舞台 『Holidays』

ローズがラルフからも離れていった理由を、つらつらと考えてみました。

まぁ、彼女があこがれた「鳥」のように、すべて後に残して飛んだのだ、といえばそれまでなのだけれど。
読者(観客)は、終盤までラルフが圧倒的優勢と思っていたでしょうね。実際、夫のアーサーがラルフのことを「『チャタレイ夫人の恋人』か!」と言っていましたが、チャタレイ夫人は森番メラーズとの間に子を身ごもり、夫を捨てて家を出、カナダに向かう船のなかで、森番メラーズと合流して、ジ・エンドですから。
私もてっきり、ローズはラルフを選ぶんじゃないかと思ってました。

が。

ローズはそうしなかった。直接的なきっかけは、ラルフの発した「僕、不倫なんて、初めてだし!」という命取りの失言ですが、キャラ設定の時点ですでにその要因はあったのではないかとも思うのです。

それは、ラルフが
「あるがまま」「自然体」(現在)に軸を置きつつ、同時に、「既にあるもの」を取り扱う、「過去」に目を向ける人だから。

彼には、アーサーとは対極にある、「自然の体現者」という役割が課されている、とレポート本論でも言及しましたが、自然の世界の有り様や、営み・素朴な創造の次元に根をおろして生きている人です。芝居の冒頭で「裏の牧場で子羊の出産をしてたの、見た?」というローズのセリフを、夫アーサーは聞き流して無反応でしたが、ラルフは自ら「あなたに見せたいと思って。マスの養殖場や、子羊の出産とか」と提案しています。「自然」は、一刻一刻が変化する「現在」です。

そしてラルフは、大学では「化学」と「哲学」を専攻しました。化学も哲学も、実験の結果(過去)や思考(thought←動詞thinkの過去形・過去分詞)を扱い、分析・吟味・整理することが大部分を占める、「過去性」が強い学問です(もちろん、そのことによって新しいものを生み出すこと(未来)を目指してもいますが)。そして彼が卒業後についた仕事は、「鉱物資源の管理」(既にあるモノの整理)であり、修理工(既にあるモノの修理)です。これらの仕事には、未だないものを作り出すという意味での、「創造」(未来)への志向はありません。

一方ローズは、自然界の創造とは異なる、自然からの素材やインスピレーションを元にしながらも、技術(art)を用いて”この世に未だないもの(未来)”を創造する芸術家(artist)です。ラルフとローズとの会話で、両者の違いがはっきりするシーンがあります。

「目に見えたものをそのまま描きたいとは思わないわ。私は(記憶による)印象を描くの。」(=「過去」に形を与えて、「未来」化する)というローズに対して、ラルフは「目に見えたものをそのまま絵に出来ればいいのに」(あくまでも「現在」。ただし、「現在」は固定した瞬間に「過去」となる)と思う人なのです。

そしてラルフは、自分では絵を描くことも、詩を作ることもしません。自然の中で、あるがままに、自然を享受する、それはそれとして素晴らしい生き方です。「足るを知る」ことは、現代人には最も欠けている姿勢ですから。
けれども、良くも悪くも、そこから何か新たなモノを創造するという次元には踏み出さないのです。こうしたラルフの在り方は、ローズとの「祈祷書」を巡る会話の中でも、教会(古い時代の「祈祷書」)の教えの文言を第一とする、原理主義者的一面として垣間見られます。

「詩」についても、彼は多くの詩を「知っている」(←知識として。知識は、思考と同じく、”過去”の領域にある)のですが、ラルフ曰く「しゃべるオウムみたいに」、「引用」するだけなのです。もちろん、ぴったりのシュチュエーションとタイミングで引用すれば、下手な創作よりも効果はあるのですが。

彼は、自分が「創造」に向かう人間でない自覚があるのでしょう。テープを聴いてしまった時の言い訳でもあり、ローズを思いやるセリフに、「人は皆、孤立した島ではない。我々は全体の一部なのだ。(誰がために鐘は鳴る←これは舞台だけだったかな?)!」と、イギリスの詩人ジョン・ダン『瞑想録』の一節を引用した直後、「まさにこれが全てを物語ってるよ!なんていうか、でも、自分自身の言葉で言いたいんだ Just says it all, somehow. Still, I'll try and put it in me own words.」と、もどかしげに叫びます。既に語られた言葉(過去)の引用ではなく、「自分の言葉」による新しい表現(創造・未来)を試みたかったのです。しかし、一瞬は創造(未来)へ向かったものの、結局ラルフは、そのままテープで聞いた事柄の分析(過去)に戻ってしまうのです。

また、ラルフがローズに対してとった行動は、多かれ少なかれ、かつて救うことの出来なかった女性エミリーへの後悔が起点になっていると思われます。

「彼女にとって僕はあまりにも安全だった」、と自覚するラルフは、ローズに対しては、夫への誠実さを裏切らせることを承知の上で、”危険”な行動にでました。彼女を”真の結婚の目的から守るため”の戦い(←「祈祷書」によれば、結婚の目的の第一は、”子供を作ること”なのです。それを拒絶しているアーサーは、結婚の誓いに反している、ローズをだましている、というのがラルフの言い分です)、という十字軍のような大義名分を掲げて。

かつては、「本当の愛とは理性的なものだ」という趣旨のことを言い、自分は「(レイプで男性不信だった)エミリーへの愛をコントロールした(←本当に愛していたけど、一緒に寝たことはない)!」と言っていたラルフですが、ローズとの愛によって引き起こされた新たな事態に、「混乱muddle」し、自分のことを「馬鹿みたいだFelt a fool」とか、「愛があなたをすこし愚かにしているんだと思う。Love makes you a bit foolish, I suppose.」と口にしてしまうのです。(その言葉は、ローズからほとんどそのまま、オウム返しでラルフにも向けられます。ローズ「Love makes you foolish, perhaps.」)
 
ラルフは、今度こそと踏み込んだ新しい愛の世界での「混乱」に絶えきれず、自分を馬鹿な、愚かな存在と感じてしまっています。これは、彼の「本当の愛とは理性的でコントロールできるものだ」という主張とは正反対の事態です。「理性」や「コントロール」は、変化し続ける「emotion感情」(現在)や、愛によって得られた新しい自分(未来)とは異なって、やはり「過去的」な領域にあるのでしょう。

ラルフにとっては今や、「落ち着くこと」(気持ちの整理)が第一です。やはり、過去向きの発想ですね。ローズに対して、「落ち着くのに少し時間が必要だ。ちょっと外にでて、後で戻ってくるよ。おいしいワインを持って」と提案します。最終的には、ローズに「ワインを買ってくるの。最低4本。赤と白2本ずつ」と命じられ、自分が遂行すべき決定事項(過去)を得たことで、コテージを後にします。これがラルフの最後の姿です。

さて。

ローズが飛び立った後、空っぽの部屋に戻ったラルフは、何を感じるのでしょう。

ローズが”変わった”のであれば、その相手役であるラルフにも何らかの”変化”が訪れるかもしれません。今度こそラルフは、詩人の言葉の「引用」ではなく、「自分自身の言葉」で、その胸に去来する見知らぬ感情に、形を与えることができるのでしょうか。。。。