読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

重箱の隅

好きなことだけ。

雑感:ローズの「声」

ローズを演じる保坂知寿さんは、元劇団四季の看板俳優であり、ミュージカルの世界を中心に活躍されてきた方なのですが、「歌うこと」を封じられた今回の作品で、演出の栗山氏から、様々な「声」を出すことを要望されたそうです(『シアターガイド 6月号』より。手元に雑誌がないので、うろ覚えですみません)。

さすがというか、圧巻というか。
保坂さんの声は変幻自在で、怒濤のセリフはもちろん、ため息やうなり声まで、様々な声を聞かせてくれました。そんなローズの声は、ラルフをも引きつけます。
ラルフが、バッテリーの落ちたラジオの代わりに聞いてしまったテープレコーダーの声。彼は、それが音楽でないとわかっても聞くのをやめられなかった理由をこう言います。

「聞くのをやめられなかった。
 ・・・君の声が素敵で。
 I just...couldn't stop listening. 
 You've got a lovely voice, Rose.」

ラルフにとっては、テープで聞いたローズの声は、時に生き生きと、時に落ち込んではいるものの、とても魅力的だったのです。そして、二人が結ばれた後、ローズはサリーへこんなメッセージを吹き込んています。

「自分自身の歌をうたう・・・? わからない。・・・私のじゃないかもしれない。・・・わからないわ。・・・もしこれがそうなら、あなたたちみんなにコーラスで参加してほしいな。
Sing your own song...? Don't know ...Might not be mine...Don't know...If it is, I hope you'll all join in the chorus.」

ラルフと結ばれたローズは、確かに生の(性の)喜びを歌ったのでしょう。でもローズ本人がいうように、それは「ローズ自身の歌」じゃないかもしれない。ラルフに導かれた山の頂で歌ったのだとしたら・・・(ローズのセリフによれば、この時の体験は、You take me up on this high mountain and show me all these goodies.)。

だから、結局は

「私、自分自身の歌を歌おうとしたのよ。本当にしてみたの。でも、キーが違っていたのね。
 I tried to sing my own song, didn't I ? I really tried. But it was in the wrong key. 」

その声が、細くて高い途切れ途切れの裏声だったかどうかはおいておくとして(←”大人の”Holidays。)、相手に身と心を委ねることで出せた声は、自分自身による、自分自身の声とはいえないものなのかもしれません。

けれど、保坂さんが演じたローズは、すでに劇中で「自分自身の声」に出会っていたような気がします。

例えばそれは、癌の再々発という、どうにもならない現実に向き合った時、結婚生活の中で自分をごまかしていたことを突きつけられた時、ラストの決断に至った時の声です。

「少なくともあと二十年、生きられたらなぁ・・・!
  Could make good use of at least another twenty years.」

「う゛う゛う゛~~~~~」(言葉にならないうなり声)

「もうこれ以上、ひどい目にあいたくないの・・・!!!
 I don't want to be messed about with any more.」

いずれも、心の底から絞り出された、観る者が息をのむような、グッとくる声(セリフ)でした。芝居を通して、最も印象に残っているのは、私にとってはまさにこの声なのです。

そして、ローズが「飛ぶ」ことを決めたラストには、「声」に関わるセリフもありました。

「自分の根っこを引き抜いちゃおうか。毒ニンジンみたいに悲鳴をあげるかな?
 So I just feel like pulling up my roots. Will I schriek, like the mandrake?」

the mandrakeとは、ハリーポッターにも出てきた伝説の植物です。
参照:Wikipediaマンドレイク
その叫び声とは、こちら。森美術館「ハリーポッター展」より

ローズが真に自分の歌を歌うためには、lovelyな声ではなく、自分の存在を引き裂くような、とうていウツクシイとは言えない「声」が、まずは必要なのかもしれません。そして、原作者のハリソン氏がローズの癌の進行を表すため「首にできたシコリ」を持ち出したのは、彼女の「声」と関係づける意図があったのかもしれないと思いました。

一刻の猶予もならない癌を抱えて、それでもなお、自分の歌を歌う選択をするということは、キレイ事ではありません。食事を飲み込むときにも引っかかるほど、「食道(喉)を圧迫するシコリ」に悩むローズならば、なおのこと。

私はラストシーンのローズに、「再生」のモチーフである「アオサギ」のイメージを重ねましたが、実はレポートを書く前に、アオサギの声をyoutubeで聞いてみたのです。声のイメージを確認する必要があったので。

みなさんも、こちらで確認してみてください。
『アオサギを議論するページ』アオサギの声

水面から助走なしに飛翔(rise)するアオサギ。それは、重力への真っ向からの抵抗でもあります。
アオサギの「ギャッッ」という声に驚きつつ、ウツクシイとはいえないこの声こそ、死と直面しつつ、喉に大きなシコリを抱えたままのローズの旅立ちの声に相応しいと思いました。そう、彼女の旅立ちは、キレイ事ではないのですから。そして、死と直面しつつも生を生ききろうとする、運命に立ち向かうような、存在の中心から発せられる力強い声なのですから。