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重箱の隅

好きなことだけ。

雑感:「再生」のモチーフとしてのアオサギ

舞台 『Holidays』

 ”「名前」で観る(読む)”と言いながら、着地が「アオサギ」なのは、おかしいじゃないかと思われる方もいらっしゃるかもしれませんが・・・。原作を斜め読みしていた時点では気にもとめなかったことが、初日の舞台を観て、いろいろと繋がり始めたんです。

 最初のきっかけは、「アオサギが飛んでいくのをみたの」というローズ(保坂さん)のセリフ。一瞬「?」と思ってしまいました。原作にはたしか「heron」とあったはずだから。私は勝手に、白サギをイメージしてたんですが、改めて辞書を引いてみると、「サギ。英国ではアオサギ(grey heron)しかいないため、アオサギを指す」とのこと。
 「セリフ」として語られた場合、どんなふうに観客に聞こえるか(サギ=詐欺)など、翻訳上の様々な理由はあるとは思いますが、いずれにしても水谷先生がこの単語を「アオサギ」と訳さなければ、私は別段この単語を意識することもありませんでした。そして、保坂さんが「アオサギ」というセリフを、大切に発しているようにも聞こえたのです。

 そんな保坂さんの演じるローズの衣装には、赤やピンクといった「薔薇」を想起させる色彩はなく、ヨークシャーのイメージカラーである「青味がかった灰色」を思わせるような、暗いブルーとグレーが使われていました。登場の時点では、「まぁ、舞台がヨークシャーだからなのかなぁ、、、」と思っただけだったのですが、「アオサギgrey heron」を画像検索してみたら、灰色をベースにした、角度によってはブルーの差し色も入ったアオサギの画像がたくさん出てきまして。視覚的にも、(自分勝手に)ローズとアオサギがリンクしてしまったわけです。

 原作を読み返してみると、「heron」はもう一カ所登場していました。ローズが隠遁生活を始めてすぐ、最初の散歩に出たときです。生まれたばかりの子羊をみたり、死んでいる子ウサギをみたりしたあの日。子羊について舞台で語っていましたが、実はその直前に削除されたセリフ「No heron today though.だけど、今日はアオサギはいなかったわ」、があったのです。ローズは、コテージに来る途中で見かけたアオサギのこと、この時も気にかけているわけですね。

 そして、最後にローズが選択した答え(最寄りの空港から、行き先はどこでもいいから次に出発する飛行機に乗ること)、「私、飛ぶわ。文字通りに、そして象徴的に」と言うセリフで、再び冒頭のアオサギのイメージにつかまれてしまいました。
 冒頭、ドライブ中にアオサギを見たときは、「アオサギが戻ってきたら、自分も何か新しく物語を始められる気がする」と、他力本願だったローズが、中盤では「鳥って、とても・・・特別な存在(特権階級)よね。翼を羽たかせて、私たち残り全てを後に残して去って行く・・・。飛ぶ、かぁ・・・。Birds are so...exclusive, aren't they? Flap their wings and leave the rest of us behind....flight...」と、うらやんでいる。そして最後は、自分自身が「飛ぶ」ことを選択し、自分の歌を自分自身で歌う(自分自身で新しい物語を始める)ことを決めたのです。これは、ローズにとっては「再生」といっていいのではないかな、と。

 アオサギの検索をしていて出会ったサイト「アオサギを議論するページの」の「神話の中のサギ」「文学の中のサギ」を拝読していて、ますますそう確信をもちました。このサイトの管理者である松長様も指摘されていますが、アオサギはヨーロッパ(ひいては古代エジプト)では、「再生」の象徴であるとのこと。

 果たして、原作者のハリソン氏が、heron(アオサギ)に対してそこまで重要なイメージを託したかどうかはもちろんわかりませんが、ヨーロッパ、しかもイェイツのアイルランドに近い英国の劇作家であれば、アオサギの持つ「再生」のイメージを利用していても不思議はないと思えるのです。そしてそれを演出家栗山民也氏が、「観客には敢えて説明しない」という方法で、衣装やセリフ回しのなかに、潜ませていたのではないか、とそう思ったのでした。