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重箱の隅

好きなことだけ。

「名前」で観る(読む)『Holidays』(5)

舞台 『Holidays』

そして終演。再び差し込んだ光の中、もはやローズでもなく、いまだ保坂さんでもない何者かが、すっと音もなく立ち上がったとき時、ふと冒頭のローズの言葉が思い浮かんだ。

 

アオサギが飛んでいくのを見たの。

 

 

 思えば、ローズの衣装は、まさにヨークシャーの空の色であり、その空を飛んでいくアオサギの色にも似ている。バラを思わせる赤やピンクが一切なかったのは*5)、このためだったのだろうか。文字通りに、そして象徴的に「飛び立った」のは、バラからアオサギに姿を変えたローズなのかもしれない*6)

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5) 観劇後に意見を交換したM氏によれば、ローズの衣装に赤やピンクがなかったのは、ローズが無意識にその色を避けていたからではないか、ローズはローズらしく生きていなかったためではないか、とのこと。確かに、アーサーによって、自分らしい生き方を封じられてきたローズを衣装で表現するにあたって、彼女の本質を映す赤やピンクを避けることも納得できる。

6)脚注
1)で紹介したアオサギに関するサイトから、多くの興味深い示唆を受けた。アオサギは古代ケルトでは、「人の生まれ変わり」と信じられていたとのこと。神話だけでなく、文学上にもアオサギの登場する作品は多く、特に、アイルランドの詩人イェイツによって描かれる、非キリスト教的世界の象徴とも言えるアオサギは、『Holidays』と共通する部分があるように思う。劇中での台詞や、ペンダントが象徴しているように、キリスト教的世界観・道徳規範の中で生きてきたローズが、素朴な自然の体現者であり、石筍の部屋について教えてくれたラルフとの出会いによって、夫アーサーを裏切り、しかし肝心のラルフ自身からも離れて、自分自身の選択で飛び立つイメージは、キリスト教的世界観からの脱出であり、単なる素朴な自然への回帰でもなく、「実存」という以外にない存在へと変貌したことを表していると思える。