重箱の隅

好きなことだけ。

「名前」で観る(読む)『Holidays』(3)

続けて姓を見てみよう。母の死を知らせる病院からの電話で明らかになったローズの旧姓は、Plumridgeplumスモモridge畝)。スモモが縦に並んで植えられている畑のようなイメージ?そこにバラのとりあわせは、いささかちぐはぐに思える。母親とも妹とも少々ギクシャクした関係であった彼女にとって、この旧姓はあまり居心地のいいものではなかったのかもしれない。しかし、母親を放っておけず、妹のことを愚痴りつつも、ローズが家族のつながりを保てていられる根拠を、バラとスモモPlum)がともにバラ科の植物であることに求めるのは、いささかこじつけが過ぎるだろうか。

いずれにせよ、ローズが結婚によって手に入れた名字Rawsthorneのほうが、彼女には似合っているように思える。Rawsthroneの中に潜む「棘thorn」は、もともとバラが己の身を守るためになくてはならないものだ。だからローズにとってアーサーは、ある面においては、必要なものを与えてくれる理想の夫と言えるだろう。しかしその反面、永島さんがインタビューやパンフレットで言うところの、「真綿で首をしめる」ようなアーサーの言動と振る舞いは、その名に隠し持った棘thronで、ことあるごとにローズを傷つけてきた。一見満ちたりた結婚生活の中でローズを苦しめていたのは、アーサーの我が儘な愛がローズに与えた、目には見えないいくつもの生傷rawsだったのだろう。

 

乳がんの手術と結婚生活によって、肉体的にも精神的にも傷を抱えたローズを癒やし、生きる希望を与える人物、ラルフ・グレイリング。彼は、見かけによらない教養と感性、好奇心と純粋な魂でローズの心に寄り添うことになるのだが、彼の姓をよく見ると、原作者のジョン・ハリソンがラルフに課した役割が明らかになる。


 ハリソン氏は、ラルフの姓Graylingにだけ、アメリカ式の「gray」を使っている。イギリス式の表現ならば、「grey(灰色の・あいまいな・ありふれた)+ling(やつ)」とでもいうところだろう。原作でも、ヨークシャーの空の描写には、みな「grey(灰色)」が使われている。とはいえ、パソコンで検索しても、Graylingと同様に、Greylingも多数ヒットするから、別に対して違いはないのかもしれない。それでもハリソン氏があえてGraylingにこだわったとしたら、それは次の理由によるのではないかと推測しうる。

grayling名詞 

1 [] カワヒメマスの英名。サケ科Thymallus属の淡水魚の総称。
2 [昆虫] タカネジャノメ類(ジャノメチョウ科Hipparchia属のチョウの総称)





 I’ve a fancy to show you the trout farmあなたにマスの養殖場を見せたいと思って」とローズを誘ったラルフが、次の日、散歩の後でワインを飲みながら、愉快に語りあっている場面。「産卵のために川を上ってきた傷だらけのサーモンを、わざわざスコットランドへ送って、スコティッシュサーモンとして売る」ことについて、「ヨークシャー育ちでしょ」とつっこむローズに、ラルフは「Like mine.僕とおんなじでね」と笑いながら応じている。ここで話題となっているのが、「マスの養殖場」でのことなのか、サーモンとマス(トラウト)の区別がどうなっているのか、細かいことはわからないが、いずれにせよ、養殖場で育ったマスを、あるいは、川を遡上してきた傷だらけのサーモンを、天然のgraylingと並べてイメージしてみることで、ラルフの笑いがますます納得のいくものになる。ちなみに、graylingはサーモンのように海に出て行く(降海型)ことはせず、育った川で一生を終える(陸封型)。続くローズとラルフの会話の中で、「Did you never think of leaving? 故郷を離れようとは思わなかったの?」「Iwent round the world. 世界一周したよ」「I meantwhen you came back. 帰ってきてからのことを言ってるの」「No reason.(離れる)理由がない」と言い切るラルフに、graylingの生き方が重ねられているように思えて仕方がない。

 また、
graylingは蝶の名前でもある。舞台では省略されているが、ローズの台詞の中に、「プロヴァンスではいつもバードウォッチングをしたわ。バタフライウォッチングもね」という箇所があり、脚注2プロヴァンスのコテージで、チョウの図鑑を見ながらアーサーとローズが話している場面がそれに続く。蝶をはじめとする昆虫の見方をアーサーに教えたのは、ローズだ。バタフライウォッチングで二人が見かけた蝶は、彼らにも特定はできないものの、アーサーの発言からRingletジャノメチョウ科ベニヤカゲ属)の仲間であることがわかる。いずれにしても、ジャノメチョウだ。ラルフには、ローズと出会う前から、彼女の目にとまり、心に触れる要素が既に組み込まれていたことになる。

 敢えて米国式の綴りを用いたラルフの姓が、そのまま2種類の生物の名前であり、しかも劇中で、その2種類それぞれに近い生物に関する会話があるということ。「ラルフには自然の体現者としての役割が課せられている」という考えも、そう的外れではないだろう。さらに興味深いのは、原作中の、いささか生々しい、年相応のリアルな男性像を感じさせるラルフの台詞が、今回の上演ではいくつか改変、削除されている点だ。

I didn’t want you to run off thinking I was some sort of lady’sman. 女たらしだと思われたくないからね」は→”変人に変更され、「I mean I’ve had girlsfriends. I’mnot a monk. ガールフレンドはいたよ。修道僧じゃないからね」という2文と、「祈祷書」の結婚・子作りに関する記述を巡る発言は、そっくり削除されている。


 翻訳・演出上のこの改変・削除は、
自然の体現者としての役割をラルフに課した原作者の意図を、原作以上に反映させることに成功しているように思う。とはいえ、ピュアさが徹底的に強調され、年相応の生身の男性としての現実感が薄れた分、ラルフをリアルな存在として演じなければならない加藤さんの苦労は増したかもしれない。